王都城下路地裏。
華やかな王都と言ってもこういった場所はある。
昔はこういったトコを駆け回ったものだ。
その頃と何も変わっていない。大人が二人が何とか擦れ違えるほどの道幅に古ぼけた石壁。
子供の頃に戻った様な感覚が懐かしく、今にも迎えに来たガナッシュ卿の声が聞こえてきそうだ。
「……って懐かしんでる場合じゃない。」
 俺がこの路地に入ったのは、通りでラビットを見かけたからだ。
チラッとだけあの横顔が見えたから追って来たのだが……。
「見間違いか?」
 辺りには人の気配は無く湿った風が駆け抜けるだけだ。
 上下左右見ても誰も居ない。
首を捻りながら通りに戻る。通りは人が行き交い俺もすぐにその波に飲まれて王城へと向かって行く。

「遅かったわね。」
「ええ、ちょっと知った顔を見つけたので。」
「あら、どなたかしら?」
 姉さんは顔を上げずペンを動かしたままだ。
「旅で会った顔だったんですが。」
 チラッと俺を見て、 「連れてくれば良かったのに。」
「見失いまして。」
 買ってきた荷物を片付けながら休憩の用意をする。
姉さんは足音も無く俺の背後に立ち、
「で、それが私が頼んだモノかしら?」 「ええ、これが一番良さそうだったので。」
 俺の腰にぶら下がっている剣を抜く。
スゥっと軽やかに抜かれた剣。白く輝く刃に柄は対照的な漆黒。鞘は青く染めてある物を選んだ。
剣は森で折られた物と同じ。違うのは柄と鞘の色を変えたくらいだ。
「しかし、どうして剣を?」
「用意はしておきなさい。いつ何が起こるか分からないでしょう。」
 姉さんは剣を納め、自分の分のカップを持ってソファに向かう。
姉さんには何か考えがあるらしいが、聞いても答えてはくれないだろうなぁ。
ま、俺も腰に剣が無いと落ち着かなかったから良かった。

 王城から少し離れた<カリナズス庭園>。
花が咲き整えられた庭園は人々の憩いの場として季節を問わず人が訪れる。
その奥に建てられた真っ白な<カリナズス宮>では国王主催の晩餐が行われることで有名であり、今日も軍部首脳を招いた晩餐が行われていた。
 警備は万全。軍や警察による幾重にも敷かれた包囲陣。
宮内では華やかな晩餐が行われていた。
時が進み、出席者は酔いも回り、
「陛下の政治で国は変わりますな。」
「いや、まったく。これからは貴族どもに振り回される時代ではなく、貴族どもを振り回す時代ですな。」
 周囲から起こる笑い声。
それを微笑みながら見ているのは、
「これはナッシュバール陛下。」
 一同が敬礼をする。
それを満足そうに受け、
「貴族を縛るのもやり過ぎないようにな。無用な反発は煩わしいだけだ。」
 王の言葉に一同は頷き、
「大丈夫ですよ、奴等には反発する勇気もありません。」
 また一同に笑いが起きる。
「用心に越した事はないぞ。」
「無論です。奴等との駆け引きなぞ戦場での駆け引きよりは簡単ですがね。」
 王は笑うだけでその場を離れる。
軍は長く貴族達に振り回されてきた。それは歳を取った軍人ほどそう思っている。
普段は偉そうにふんぞり返っているのに、事が起これば軍の背中に隠れている臆病者。
それが軍における貴族の印象。そして俺もそう思っている。
何度も背中を貸し敵を討っても貴族は次の敵を討てと言う。
代々受け継がれたその印象は払拭できないほどに固まっている。
 先王は軍と貴族の調和を図った。その結果は水面下での争いの激化。
そして王の崩御と共に争いは王位継承へと繋がり、俺が王位を継いだ。
 階上に上り、階下を眺める。
階下ではあちこちで人の輪が出来ている。
彼等は、俺達の時代だ、軍が強化されれば外国にも負けない、などと話している。
 テラスから眺める夜空。その下にはこの宴を守っている頼もしい兵士達が護衛している。
近くにいる使用人を呼び、
「彼等にも一杯の酒を振舞ってやってくれ。」
 頭を下げ下がる使用人。
しばらくして真下の庭園には何人もの使用人達がグラスや酒を運んでいる。
衛兵達も逡巡してから一杯飲んで任務に戻る。
「陛下。少しよろしいですか?」
 いつの間にか隣に来ていたのか。
「ああ、構わん。」
 見れば少女が見上げている。誰かの連れだろうか。
しかし、その雰囲気は禍々しさを感じる。
距離を取ろうと思うのだが体が動かない。
声を上げればすぐに駆けつけて来るはずだ。しかしその声が出ない。
少女は微笑み、
「では、陛下……次の時代でのご活躍を期待しております。」
 鈍い痛みを感じる。いつの間にか俺の腹には銀色の刃が突き刺さっている。
処女を目が合う。微笑む少女は小さな頭を下げ離れていく。その様子をただ見つめていた。
その姿が見えなくなってから力が抜ける。
グラスが落ちる。砕けたグラスの音に使用人が駆け寄りすぐさま何かを叫ぶ。
 私は、ここまで……か。

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